からだ学研究所

タッキー先生のはじまりのものがたり

からだの通訳者になるまで

タッキー先生の
はじまりの物語

からだが弱かった私が、薬剤師になり、
人との出会いから「からだの通訳者」になるまで。

薬剤師・からだの通訳者
タッキー先生(滝村桂子)

笑顔で両手を広げるタッキー先生
私の話のネタは、
人生そのものの中にある。

からだ占いや、からだ学が生まれるまでには、私自身の暮らしと、たくさんの人との出会いがありました。

楽しかったこと。思うように動けなかったこと。もう一度、やってみようと思ったこと。今、AIのソラ君との対話を通して、その歩みを振り返っています。

まずは、子どもの頃から、薬剤師としてお客さまと向き合い始めた頃まで。今の私の言葉で、綴っていきます。

ものがたり 01

みんなが驚いて、喜ぶ顔が好きだった。

子どもの頃、友達を家に連れてくるのが好きでした。鍵っ子だったからかもしれません。

ケンパ、あやとり、リリアン。外に出れば、おたまじゃくしの卵を探したり、池で延々とザリガニを釣ったり、泥投げしたり。ああ、昭和やったなあ(笑)。

遊びでは、いつも私が主導権を握っていました。前もって計画するというより、思いついたら「行こう!」。みんなが楽しそうで、驚いて喜ぶ顔を見るのが好きでした。

小学校では、ほぼ全学年で学級委員。転校生のお世話もよく先生から任されました。一緒に遊ぶのに連れ回して、その子も友達の輪に入っていく。そんなふうに過ごしていました。

ものがたり 02

居場所も、役割もないと感じた頃。

中学校までは、先生にも頼られ、役割があることが当たり前でした。

ところが高校では、それまでのように自分を発揮できませんでした。公立高校へ行くつもりでしたが、担任にすすめられ、大学受験に力を入れた学校へ進学したのです。

学級委員も、生徒会も、クラブもない。私にとって一番つらかったのは、自分の居場所や役割がないと感じたことでした。その感覚は、大学でも続きました。家の門限や外出の制限も厳しく、自由には動けませんでした。

楽しみは、友達との交換日記。日々の出来事や、彼氏の話を書いていました。今振り返ると、書くことで、全部諦めていた自分を励ましたかったのだと思います。

ものがたり 03

楽しそうなことへ、誘い出してくれた人。

就職した製薬会社には、チームがあり、私の役割がありました。薬品や試薬の検査の仕事です。仕事が早く、間違いも少なくて、上司に喜ばれました。

そこで出会った同期の子は、とても前向きな人。楽しそうなことを提案しては、誘ってくれました。

テニス、社交ダンス、スキー。全部初めてで、楽しかった。違う部署の方との交流もあり、甲子園球場へ阪神タイガースの応援にもよく連れて行ってもらいました。

その子との出会いで、情熱とやる気が一気によみがえったことを覚えています。

ものがたり 04

子育ての日々と、忘れられなかった一通の手紙。

3年働いて結婚し、その後は10年間、専業主婦でした。3人の子どもを育てながら、友達同士で子どもを預け合ったり、助け合ったりしていました。

その頃からのトールペイントの仲間とは、今もつながっています。同じように3人の子を育てながら、大学院に通い、博士号を取った友達もいます。おむつの横にシェークスピアの原書が置いてあったのは、衝撃的でした。

そんな日々の中で、尼崎市のドラッグストアから届いた、ちょっと変わった手紙を覚えていました。今、薬剤師の仕事をしていなくても、その気になったらいつでも聞いてください、という内容でした。

一番下の子が3歳のとき、その会社に電話しました。届いてから5年も経っていました。

ものがたり 05

この手紙は、まだ生きてますか?

「この手紙は、まだ生きてますか?」と聞くと、「生きてます」と言われました。

面接に行くと、いきなり社長面接。聞かれたのは子どものこと。子どもといっぱい遊んでいる話をして、終わりました。

ああ、不採用やなあ、と思って帰ったら、翌日、採用の連絡。その会社の社是は「家族を大事にする」だったんです。知らんかったけど(笑)。

そもそも、私が薬剤師になったのは、自分のからだが弱くて、人を助けたかったから。せっかく薬剤師になったのに、まだそのために何もできていない。そんな思いが、電話をかけるきっかけでした。

ものがたり 06

油を売りながら、薬を売ってた。

働き始めるにあたって、ほこりをかぶっていた免許を磨き直そうと、「ドラッグストアで選ぶ薬」という本を徹底的に読みました。

でも、一番覚えるのは、接客の中で困ったとき。わからないことは、わからないと伝える。その場で調べてわかることを話し、後日わかったら、次に来店されたときにお伝えしていました。

実家が食用油の卸業だったことにかけて、「油を売りながら、薬を売ってた」というのは、いつもの私のネタです(笑)。

お客さまにとって私は、井戸端会議でなんでもない話をする相手だったのかもしれません。予約も、誰かの家のピンポンも要らない。好きな時間に立ち寄れて、からだの悩みも子育ての悩みも話せる。そんな場所だったと思います。

出会いの続きを、これからの言葉で。

アメブロに残していた「きらきら健康相談室」には、54件の相談の記録がありました。読み返すと、「今の私なら」と、新しい言葉が出てきます。

その一人ひとりとの出会いを、今の私と読み直す連載を、noteで始めました。

そして、からだの声に目を向けるようになったこと、からだ占いが生まれたこと、その後のからだ学の歩みも。この物語の続きとして、少しずつ綴っていきます。